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なんでジグソーパズルというモノが作られたの?→子どもに地図を教えるため

今回は、2022年4月22日金 チコちゃんに叱られる!「▽ジグソーパズルの謎▽惑星秘話▽穴があると…」の番組内容を紹介。


なんでジグソーパズルというものが作られたの?





なんでジグソーパズルというものが作られたの?


本日の最初の話題。


まずは、ゲスト紹介。


ゲストは、土田晃之さんと百田夏菜子さん。


さくっと終って、早速一問目に。


チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、作業が細かいステキな大人ってだーれ?」


岡村さんの指名で百田さんが回答者に。


ジグソーパズルの話題に。


チコちゃん「なんでジグソーパズルというものが作られたの?」


百田さん「細かい作業をするのが教育になるから。」といった趣旨の回答。


正解に至らず、叱られちゃいました。


チコちゃんの答えは、「子どもに地図を教えるため」



子どもに地図を教えるため


解説してくれたのは、パズル学研究者の東田大志さん。


ジグソーパズルの商品化は300年ほど前。


イギリス人のジョン・スピルズベリーが地図をパズルにしたものを売り出したのが世界初。





当時、1700年代のイギリスは大英帝国。




海を渡り、世界中に進出。


世界の地理を覚える事が貴族に重要。


イギリスの貴族たちは我が子に世界地図を覚えさせることに熱心。


スピルズベリーが作ったのがヨーロッパの国々を国境でバラバラに、そして組み立てることができる木製パズル。




国の形・位置を繰り返しはめ込むことにより遊び感覚で覚えることが可能に。




これを子ども向けの教材として売り出した所、貴族に大ヒット!


当時の国王だったジョージ3世もこの地図パズルを気に入り、子どもの教育のためと専用の収納ボックスまで。





しかし、値段は現在の価値で10万円以上と高価。


庶民は購入することができません。


そこでスピルズベリーは海をなくして陸地だけのパズルも製作。




使われている木材の量を節約する事で販売価格を1/3に。


これにより、庶民にも普及。


その後、地図だけではなく子どもが覚えるべき物事、かけ算の式、聖書の一節、童話などの物語の挿絵などをパズルにしたものが続々と製品化。




こうして教材の性質が強かったパズルが徐々に遊びへと変化。


19世紀に入ると材料が木から紙へと変化。


大人向けの絵柄も生まれてピースの数も増え、そのゲーム性が強調。




そして、世界中に広がりました。



ジグソーパズルの形


ジグソーパズルは、独特の形のピースが特徴的





当初のジグソーパズルはシンプルな形のピースが採用されていたので、少し動かしただけで大きくずれてしまうという問題点。





だからといって一度はめると簡単に取れなくなるのも困ります。


職人たちが試行錯誤の末に編み出したのがあの独特の形。



日本にジグソーパズルが輸入され出したのは?


日本に輸入されだしたのは、1970年代。


日本上陸と共に大流行。


そのきっかけとして大きかったのが1974年に開かれたモナリザ展。


東京国立博物館においてモナリザが初公開されると約150万人が来場して社会現象化。


そこで日本のおもちゃメーカーがモナリザブームに当て込んでモナリザのジグソーパズルを海外から輸入。




結果として5日で2万個が売れる大ヒット。


空前のジグソーパズルブームが日本に巻き起こる事に。



ジグソーパズルの作り方


2つのプレス機を用います。


作成していたのは、姫路城。


厚紙を1つ目のプレス機に入れると横方向の切れ目のみが




2つ目のプレス機を通ると縦にも切れ目が入り、カット完了。




そして手作業で、バラバラにして終了。


職人芸による微妙な手の力加減で調整してバラバラに。



ジグソーパズルで地図が覚えれるか?


まずは、ジグソーパズル作成前に、真っ白な世界地図に国名を記入。


記入した国名は73か国、そのうち正解が46か国


256の国名と地図が描かれた1000ピースの世界地図パズルを組み立てます。


完成までに要した時間は30時間34分。





制作後に正解した国名は42か国と逆に減っている結果に。


パズル制作の疲れが残っているようでした。


先生によると、パズルをつくるよりもそのまま覚えたほうが良かったかもというご意見で終了。



結論


というわけで、


「なんでジグソーパズルというものが作られたの?」は、


「子どもに地図を教えるため」


でした。


補足


ジグソーパズルの発明者は文筆家で教育関係の書籍も手掛けていたボーモン夫人が元祖という諸説もあります。



解説してくれたのは


パズル学研究者の東田大志さん


東田 大志(ひがしだ ひろし、1984年(昭和59年) – )は日本のパズル研究者。2003年(平成15年)、京都大学パズル同好会を創設[2][3]。大学のキャンパス内や街頭で自作のパズルを載せたビラを配布してパズルの普及を図っている。そのため「ビラがパズルの人」を自称している。2011年(平成23年)4月から大阪商業大学アミューズメント産業研究所研究員を勤める[4]。

1984年(昭和59年)生まれ。小学生のときに母親が買い与えたパズル本に熱中し、自宅ではほとんど勉強をしなかったため、成績は良くなかった[5]。高校3年の夏休みに一念発起し、自宅で猛勉強を始めたところ、1か月で偏差値が20上がり、数学は偏差値が30上がり偏差値90を突破した[6]。その結果、京都大学法学部に現役で合格した。2003年(平成15年)、京都大学パズル同好会を創設し、パズル研究のため法学部から総合人間学部に転学した[7]。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程に進学した後もパズルの研究を進め、日本で唯一人のパズル学研究者となった[5]。専門はパズル学。パズル作家として『京都新聞』に記事を連載した[8]。
(Wikipediaより)




今回も最後まで読んでくれてありがとう。
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