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なんでフォークの歯は4本なの?→スパゲッティを上手に食べるため

今回は、2022年5月20日金 チコちゃんに叱られる!「▽ニラレバとレバニラ▽フォークの謎▽なぜ110番 初回放送日: 2022年5月20日」の番組内容を紹介。


なんでフォークの歯は4本なの?






なんでフォークの歯は4本なの?


本日の2つめ目の話題。


チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、テーブルマナーがしっかししてそうなステキな大人ってだーれ?」


この問題は、岡村さんのご指名で、真栄田さんが回答者に。


テーブルマナーからフォークの話題に。


チコちゃん「なんでフォークの歯は4本なの?」


眞栄田さん「4本歯が色んな食材にフィットして一番使いやすいから。」といった趣旨の回答。


チコちゃん「ワンチャンス、その食材はなに?」


真栄田さん「ステーキ!」


正解に至らず、叱られちゃいました。



チコちゃんの答えは、「スパゲッティを上手に食べるため」



スパゲッティを上手に食べるため


解説してくれたのは、日仏料理協会の宇田川政喜会長。


フォークが使われた最も古い記録は古代エジプト。


その当時は歯が2本。


煮込みなどを作るときに、鍋の中の食材を探ったり、食材を刺して取り出したりする調理器具として使われていました。





これが食事用に使われるようになったのはそれからずっと先の11世紀頃。


ヨーロッパ南東部に位置するビザンチン帝国で、調理用として使っていたフォークを初めて食卓用に使用。




このビザンチン帝国のお姫様がヴェネツィア共和国に嫁入りする際に嫁入り道具としてフォークを持ち込みました。





これによりヨーロッパ中に二本歯のフォークが食事用として広まる事に。


その後、二本歯のフォークでは食べ物がボロボロと落ちてしまうために18世紀になって三本歯フォークが主流に。




なぜフォークは4本歯に


そして18世紀中頃に入っていよいよ四本歯のフォークが誕生。


その誕生の地はイタリアで当時イタリアのナポリとシチリア国を統治していたフェルディナンド王。


宮廷晩餐会の席でスパゲッティを皆に振るまいたいと考えたのがきっかけ。


フェルディナンド王は毎日食べたいと言う程のスパゲッティ好き。


宮廷で振る舞うにはちょっとした問題も。


当時スパゲッティは庶民の食べ物。


一般的な食べ方は手づかみで、あまり上品とは言えません。




となるとこれは宮廷料理としてはあまり好ましくありません。


そこでフェルディナンド王は側近のスパダッチーニに上手に麺を巻けるフォークを作るよう指示。




そこでスパダッチーニが発明したのが四本歯のフォーク。


これをきっかけに四本歯フォークは貴族から庶民へ。


歯を一本増やした事で結果的に様々な料理に対して使い勝手が向上。


やがてヨーロッパ中に浸透。



二本歯から五本歯の4種類のフォークを使ってどのフォークが一番スパゲッティを上品に食べられるかを実験





チェック役はマナー講師の平林都先生。


実際に使ってみると二本歯フォークはいくらクルクル回しても麺を全く巻き取る事が出来ません。


そして三本歯でも二本に比べればすこしはとりやすいですが、うまく巻き取れません。


一本増やした五本歯では、たくさんの麺を巻き取ってしまい食べにくい結果に。


やっぱり四本歯が一番上品にたばれるという結果で終了。





結論


というわけで、


「なんでフォークの歯は4本なの?」は、


「スパゲッティを上手に食べるため」


でした。



解説してくれたのは


日仏料理協会の宇田川政喜会長


日仏料理協会 Association Franco-Japonaise de Gastronomie
パリに本拠を置くフランス政府公認の社団法人です。
料理・製菓・製パン・シャルキュトリなどの「食」を通じてフランスと日本との文化交流に携わっており、『フランス食の研修』『フランス語講座』『辞典・事典の編纂』などの業務を行っています。

所在地  :東京都目黒区下目黒1-5-10 中目黒マンション212号
電話/FAX :03+3719-6750
Mail    : afjg@dmail.plala.or.jp
会長   :宇田川 政喜(うだがわ まさのぶ)

プロフィール:横浜生まれ。フランス、エクス・マルセイユ大学で音声学、応用言語学を学ぶ。
       1978年 フランス語学院開設、初級教材 Voyage pour la France を開発。
       1985年 フランス、メニュル市にフランス料理高等研究所 (Institut Supérieur de la Cuisine
         Française) を開き、日本人料理人のフランス研修を推進する。
        また、独自に開発した教材「Vive la Cuisine」を用いて通信講座開設。
       1988年 渋谷 にてブラスリを開業、のちに横浜へ移転し「レストラン リパイユ」とする。
       1989年 組織変更し、社団法人日仏料理協会 (Association Franco-Japonaise de Gastronomie) を
        設立し会長となる。
(HPより)




今回も最後まで読んでくれてありがとう。
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