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なんでサッカーのスローインは両手で投げるの?→クリケットの選手がめちゃめちゃ遠くに投げたから

今回は、チコちゃんに叱られる! ▽サケの驚異▽ポリフェノールとは▽スローインの謎 初回放送日: 2022年11月11日の番組内容を紹介。


なんでサッカーのスローインは両手で投げるの?




なんでサッカーのスローインは両手で投げるの?


本日の最後の出題。


チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、サッカー日本代表を全力で応援しそうなステキな大人ってだーれ?」


この問題は、サッカー部だった岡村さんが立候補して回答者に。


スローインの話題に。


チコちゃん「なんでサッカーのスローインは両手で投げるの?」


岡村さん「片手だと遠くに投げられてしまう。そこで両手で頭の後ろから通して投げるというルールにした。」


チコちゃん「誰(何のスポーツの腺腫)が遠くに投げた?」


岡村さん「砲丸投げ」


チコちゃん「違います!ボーっと生きてんじゃねーよ!」



でチコちゃんの答えは、「クリケットの選手がめちゃめちゃ遠くに投げたから」



クリケットの選手がめちゃめちゃ遠くに投げたから


解説はサッカージャーナリストの後藤健生さん。


まずは、サッカーの歴史から。

サッカーの起源とされているのがモブフットボール。




イングランド発祥のスポーツ。


モブフットボールはチームの人数やコートの大きさに決まりはありません。


街中や川などを舞台に、おおきなしばりもなく、1つのボールを奪い合うゲーム。


時代が進むと上流階級の子どもたちが通う私立学校(パブリックスクール)でも授業の一環としてフットボールを教えるようになりました。




学校の授業ですので、ルールが必要ということもあり、ロンドンにあるクラブと学校が新しいルールを作るために会議を開催。





1863年にフットボール協会が発足。

当時決められた主なルール




しかし、19世紀にはスローインについては決まりがなく、自由に投げ入れていました。


後にスローインのルールが決まるきっかけになったとされているのがイングランドのサッカー選手だったウィリアム・ガン選手。




身長190cmの大柄な体形、そして足も速かった事もあってイングランド代表として大活躍。


そこに加えて彼の最大の武器が強肩。


片手で投げるガン選手は50mほどの投げることができました。


ちなみに、大学生のサッカー選手(普段から片手で投げるゴールキーパー含む)と比較。




大学生は40メートルにも届かず。


サッカー同様にイングランド発祥のスポーツであるクリケット。


野球でいう所の強肩の外野手的なポジションで活躍していたガン選手。


当時、冬にサッカー、夏にクリケットと二刀流の選手が多く存在。



特に肩が強かったガン選手。


足を使うのが基本のサッカーで投げて得点チャンスになるのは不公平。


これらのクレームが多発。


すぎるというクレームが多く寄せられる事に。


その結果、1883年にはスローインのルールとして両手投げが指定。


これが原因か不明ですが、ガン選手はその後サッカーを引退してクリケット選手に専念したとのころ。



結論


というわけで、


「なんでサッカーのスローインは両手で投げるの?」は、


「クリケットの選手がめちゃめちゃ遠くに投げたから」


でした。



解説してくれたのは


サッカージャーナリストの後藤健生さん


後藤 健生(ごとう たけお、1952年 – )は、東京都出身のサッカージャーナリスト。慶應義塾大学法学部大学院博士課程(政治学)修了。国際サッカー歴史記録学会アジア地区代表委員、日本サッカーライターズ協議会理事、関西大学客員教授、元日本サッカー狂会常任幹事。

人物
日本のサッカージャーナリストの先駆者の一人である。

1964年に東京オリンピックのハンガリー五輪代表対モロッコ五輪代表で初めてサッカーを観戦して以来、現在まで観戦した試合は5,000試合以上を数えている。また1974年のワールドカップ・西ドイツ大会以降、ワールドカップやUEFA欧州選手権などの主要国際大会を現地で取材を続けた。『国立競技場の100年 明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』で2013年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞している。

学生時代は日本最古のクイズサークル「ホノルルクラブ」に所属する有名なクイズマニアでもあった(初めて海外サッカーの試合を観戦したのも、1972年に優勝した「クイズグランプリ」(フジテレビ)の優勝賞品である欧州旅行で欧州を訪れた際のものである)。また、TBSテレビ「ベルトクイズQ&Q」にも出演。勝ち抜き戦→ミリオンステージを制して優勝賞金100万円を手にしたのち、その優勝者によって行われたグランドチャンピオン大会にも後日出演。同様に100万円を手にし、占めて200万円を稼ぎ、南米へのサッカー観戦旅行を行ったとされる[1]。

Jリーグや高校サッカー、欧州CLも生観戦して取材・執筆活動を続けている。後藤も政治学博士というサッカージャーナリストとしては異色の経歴を持ち、国際関係論や政治的視点を用いた独特の切り口からのサッカー史、サッカー文化考察も行っている。

基本的にコラムでは試合経過の著述、著作では日本や世界のサッカーの歴史や社会背景についての記述が多く、ほぼ独力での取材でまとめた『日本サッカー史・日本代表の90年』は、過去のサッカー記録集として数年に一度改訂された。
(Wikipediaより)




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