今回はチコちゃんに叱られる! 拡大版SP▽チコちゃんが宇宙へ!?驚きの結末は? 初回放送日NHK総合テレビジョン2026年3月27日(金)を紹介。
なんで人は合唱するの?

なんで人は合唱するの?
チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、歌声がステキな大人ってだーれ?」
チコちゃん「なんで人は合唱するの?」
チコちゃんの答えは、「みんなの心をひとつにするため」
みんなの心をひとつにするため
なぜ人は「合唱」するの? 響き合う声が、バラバラの心をひとつにする魔法
学校の音楽祭や、卒業式で歌う合唱。
大勢の声がピタッと重なり、美しいハーモニーが生まれた瞬間、鳥肌が立つような感動を覚えることがありますよね。
一人で歌うのとは違う、あの独特のパワー。
チコちゃんの答えは、「みんなの心をひとつにするため」でした。
都留文科大学の戸ノ下達也さんの解説を元に、合唱が日本に根付いた意外な歴史と、その真髄について深掘りしていきましょう!
始まりは6世紀のヨーロッパから
合唱の起源は、今から約1500年前のヨーロッパに遡ります。
ローマのカトリック教会で生まれた「グレゴリオ聖歌」がその始まりだと言われています。
当時の教会では、神への祈りを捧げるために、多くの人々が声を合わせて歌いました。
一方で、当時の日本には「わらべ歌」や「農作業の掛け声」はありましたが、それらはまだ「合唱」という形ではありませんでした。
日本で本格的な合唱が始まったのは、明治時代になってからのことです。
近代化の波と「唱歌」の誕生
明治5年、日本は近代的な学校教育制度(学制)をスタートさせました。
ここで、国語や算数と並んで導入されたのが「音楽」の授業です。
その普及に尽力したのが、教育者の伊澤修二でした。
彼は欧米の教育を参考に、日本語の歌詞を付けた西洋の曲を「唱歌」として教科書にまとめました。
私たちがよく知るあの曲も、実はこの時に生まれました。
『蛍の光』:スコットランド民謡がベース。
『見渡せば』(むすんでひらいての原曲):フランスの哲学者ルソーの曲がベース。
伊澤は、みんなで声を合わせて歌うことで、健康を増進し、豊かな心を養おうと考えたのです。
合唱のパワーが利用された「戦争」の時代
しかし、合唱の「心をひとつにする力」は、歴史の中で別の目的にも利用されました。
明治から昭和にかけて、日本が戦争を繰り返す中で、「軍歌」が盛んに歌われるようになったのです。
大勢で同じ歌を力強く歌うことは、国民の一体感を高めるのに非常に効果的でした。
「自分たちは日本人だ」という意識を植え付けるための道具として、合唱が使われてしまった悲しい時代もありました。
滝廉太郎が変えた「文化芸術としての合唱」
そんな中、合唱を単なる「戦意高揚の手段」から「美しい芸術」へと昇華させた功労者がいます。
天才作曲家、滝廉太郎です。
彼は西洋音楽の理論に、日本ならではの情緒を巧みに融合させました。
『花』
『荒城の月』
『箱根八里』
『お正月』
誰もが一度は口ずさんだことのあるこれらの名曲は、日本人の心に深く染み渡り、芸術としての合唱文化を根付かせました。
その後、小松耕輔が日本初の合唱コンクールを開催するなど、「平和への願い」を込めた活動へと引き継がれていったのです。
2026年、ある高校で起きた「心のシンクロ」
合唱の真髄は、「個性の違う人同士が認め合い、一つのハーモニーになること」。
番組では、2026年(令和8年)に他校との合併が決まっている、埼玉県立皆野高校の感動的なエピソードが紹介されました。
定年退職を迎える校長先生(同校の卒業生でもある)のために、全校生徒26人が1か月半も極秘で練習を重ねました。
サプライズで披露された校歌の合唱に、校長先生も思わず声を合わせ、最後は取材スタッフまでもが一緒に歌い、心がひとつになったのです。
人数は少なくても、思いを乗せた歌声は、どんな言葉よりも強く心に響きます。
これこそが、合唱が持つ本当の力なのですね。
まとめ
「合唱」は、時代によって役割を変えながらも、常に私たちの「心」のそばにありました。
バラバラな個性が重なり合って生まれるハーモニーは、喜びや幸せを分かち合うための、人類共通の魔法なのかもしれません。
久しぶりに、懐かしい校歌や合唱曲を聴き返してみたくなりませんか?
結論
というわけで、
「なんで人は合唱するの?」は、
「みんなの心をひとつにするため」
でした。
解説してくれたのは
解説は都留文科大学の戸ノ下達也さん。
(大学HPより)
(Wikipediaより)
今回も最後まで読んでくれてありがとう。
他の記事もよろしくね。
過去放送日別一覧ページ
