NHK番組「チコちゃんに叱られる!」の放送内容を詳しく紹介!

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なんで野球のユニフォームに横じまは無いの?→囚人のイメージが強かったから

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今回は、チコちゃんに叱られる! ▽好きな気持ちが冷める謎▽横じまユニフォーム? 初回放送日: 2024年4月12日の番組内容を紹介。


なんで野球のユニフォームに横じまは無いの?





なんで野球のユニフォームに横じまは無いの?


チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、野球が好きなステキな大人ってだーれ?」


チコちゃん「なんで野球のユニフォームに横じまは無いの?」


チコちゃんの答えは、「囚人のイメージが強かったから。」



囚人のイメージが強かったから


日本のプロ野球12球団のユニフォーム




タイガース、ベイスターズ、スワローズ、マリーンズの4チームが縦じま。


その一方で横じまはありません。


MLB30球団では




ヤンキース、メッツ、カブスなど縦じまは9球団。


そして、横じまはなし。


野球に初めてユニフォームが登場したのは19世紀のニューヨーク。


それまでは自由な服装でプレーしていました。


初めて統一したユニフォームを採用したのはアレクサンダー・カートライト。





3アウト制など野球の基礎ルールを作った現代野球の父。


カートライトはニューヨーク・ニッカボッカーズという地元の野球チームに所属していました。


その当時初めて採用されたユニフォームは白シャツ&青ズボン。


さらに服に加えて麦わら帽子もお揃いに。


これはニッカボッカーズが地元の消防士で結成されたチーム。




普段の仕事でお揃いの服を着ていたので、これを野球でも応用。


そこから野球人気の高まりとともに様々なユニフォームが誕生。


19世紀末には当時の紳士服のトレンドを反映するように縦じまブームが到来。




1915年にはヤンキースも縦じまユニフォームを初めて採用。





その一方で横じまユニフォームはずっとなし。


これは、囚人服の影響でした。


アメリカでは1980年頃までは「囚人服=横じま」という定番図柄。




そのため敬遠されていました。



囚人服が横じまだった理由


中世ヨーロッパ時代から「横じま=不吉なもの」のシンボルでした。


旧約聖書にも「二種の糸の交ぜ織りの衣服を身に着けてはならない」という記述が登場。


これは2色のしま模様はダメという意味。


この図柄を身に着けているだけで悪魔・魔女とみなされて処刑される事案も。





このような理由からしま模様の服自体が犯罪者や死刑囚の服として定着しました。


もちろん縦じまも受け入れられいませんでした。


その後、1789年に格差社会に不満を持ったフランス市民が自由と平等を求めて戦ったフランス革命が勃発。


その中心人物が革命家のマクシミリアン・ロベスピエール。


彼が縦じまのコートを身に着けて革命を先導。




さらに革命後にはフランス国旗も3色のトリコロールの縦じまに。


これらをきっかけにして縦じまの印象は一気にイメージアップしました。


一方で横じまにはおおきな変換なく、ユニフォームには横じまが採用されないことの。


さらに横じまのユニフォームだとピッチャーの投球時にストライクゾーンが分かりやすくなります。




このため、ピッチャー有利になるかも。


そこで、社会人チームに協力してもらって横じまユニフォームだ三振が取りやすいかを検証することに。





3人のピッチャーのうち2人で三振を取るまでの球数が少なくなるという結果に。




ピッチャーの感想では、ストライクゾーンの低めに投球する時に特に見やすいとのこと。


また、た球審からも目安があるので見極めやすいという意見も。



結論


というわけで、


「なんで野球のユニフォームに横じまは無いの?」は、


「囚人のイメージが強かったから」


でした。
 



解説してくれたのは


服飾史研究家の辻元よしふみさん。



辻元 よしふみ(つじもと よしふみ、1967年(昭和42年) – )は、日本の服飾評論家、戦史・服飾史・軍装史研究家、翻訳家、ファッション・アドバイザー、ファッション・コラムニスト、詩人、エッセイストである。本名・辻元佳史。

2018年に導入の陸上自衛隊の制服(16式常装)改正にかかわり、山崎幸二・陸上幕僚長より陸上幕僚長感謝状を受けた。2019年から、陸上自衛隊需品学校の部外講師(軍装史学)。東京ベイカレッジ非常勤講師。防衛省職員・自衛官向けの専門紙「朝雲新聞」が「軍装史研究の第一人者」(2014年10月30日付)と評している。NHKなどのテレビ出演も多い。

経歴・人物
岐阜市生まれ。茨城県坂東市立岩井第二小学校、坂東市立岩井中学校、茨城県立下妻第一高等学校を経て早稲田大学卒。読売新聞社に入社。元日本現代詩人会理事。日本文藝家協会、国際服飾学会、服飾文化学会、軍事史学会会員。

1990年、村田正夫が主宰する潮流詩派に参加し詩人として活動開始。1996年以後は戦史・服飾史・軍装史研究家としての著作活動を始めた。近年は翻訳家としての活動も多い。服飾や軍服の歴史について、NHKや民放各局のテレビ番組に出演し解説。服飾史と軍事史に関する知識を駆使し、世界史的視点からの服装の変遷を考究し、ミリタリーウエアが今日の紳士服に与えている影響を独自の視点で説いている。単行本以外に中央公論新社の新書などで共同執筆しているほか、日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞、西日本新聞、日刊ゲンダイ、日刊スポーツ紙上に署名記事が見られ、河出書房新社、小学館、丸善、ワールドフォトプレス社、工作舎の刊行物などでも戦史と軍装史にかんする記事を書いている。近年は防衛省など省庁や企業の求めに応じて、服飾史や軍装史の研究に基づいたファッション・デザインの提案や企画の仕事を増やしている。

「スーパーロック詩人」というキャッチフレーズは三一書房の編集者が命名したという。「よしふみ」というひらがな表記は2004年ごろから。それ以前は本名の佳史だった。妻はイラストレーターの辻元玲子。義父(玲子の父)は文教大学元理事長で名誉教授の作曲家・田村徹。

元衆議院議員の辻元清美とは縁戚関係はないが、早大時代に「弟さんですか」とよく聞かれたという。

大学生時代には千葉県内の学習塾でアルバイトをしており、当時の一人称は「吾輩」。同時期にやはり早大に在学していたデーモン小暮閣下に口調が似ている、と生徒から言われたためだという。この塾の講師仲間に、後に靴職人となる柳町弘之がおり、ファッション関係の仕事を始めたときに再会してお互いに驚いた。
(HPより)






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