NHK番組「チコちゃんに叱られる!」の放送内容を詳しく紹介!

チコちゃんに叱られる!

チコちゃんクイズ

シルエットはなんで「シルエット」っていうの?→シルエットさん。フランス政治家で肖像画を影絵にすることで出費を抑えようとしたことから。

更新日:

今回は、2020年1月3日金曜日放送、チコちゃんに叱られる!▽麒麟(きりん)がくる!コラボSPお年玉・たこあげほかのお話。


シルエットはなんで「シルエット」っていうの?





たしかに、塗りつぶした黒い絵のことをシルエットっていいますよね。


影絵の英語ではなかったの?





シルエットはなんで「シルエット」っていうの?


本日の2問目。


チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番芸術が分かるステキな大人ってだーれ?」


ということで、堺さんが回答者に。


チコちゃん「塗りつぶした黒い絵、知ってるよね。」





堺さん「シルエット。」


チコちゃん「シルエットはなんで「シルエット」っていうの?」


すると、堺さんの口元に正解マークとピヨピヨ音。


チコちゃん「つまんねーヤツだなぁ。」「ではペン持って。画用紙開いて。」


チコちゃんから漢字の問題出題。


漢字の書き取りはお正月だけに「もち」


長谷川さんは、正解。





その他は、不正解ということで、叱られちゃいました。


紙切り芸の林家正楽師匠の元へ。





これまで切って来た紙の総枚数は18万枚以上。


チコちゃんや岡村さんを切ってもらったり。


質問を聞いてみると、簡単に正解。





出張用チコちゃんに「つまんねーヤツだなぁ。」


チコちゃんの答えは、「シルエットさん」



シルエットさん


シルエットとはそもそも輪郭線の中を黒く塗りつぶした「影絵」。


その由来はフランスの18世紀に実在した政治家、エティエンヌ・ド・シルエットという人名から由来。


そこには、こんな物語が。。





「まんがフランス昔ばなし」






「シルエットものがたり」


(演奏:シャンソンバンド「Swing Paradoxe」、ナレーション:清水ミチコさん、イラスト:遊佐かずしげさん)


時は18世紀のフランス。


国王ルイ15世の時代。





長い戦乱で財政難に苦しむフランス。


さらに拍車をかけたのが国王ルイ15世の愛人、浪費家のポンパドール夫人。





ポンパドール夫人は自身の浪費癖をやめません。


その代わりに財政を立て直せばいいと言い出します。


そして、お気に入りだったシルエットという人物を財務大臣に推挙。


命を受けたシルエットはさまざまな政策をうちだします。


まず、貴族にも課税しようとしましたが、貴族たちは反発し失敗。


次に、ポンパドール夫人の浪費癖もストップしようとしますが、これも夫人の理解を得られずに失敗。


このように貴族たちからの税収ができなかったので、つぎは、国民に課税。


しかし、これまでにもいろいろな税金で国民に課税しています。


そこで考え出したのが空気に税をかけるという空気税。


しかし、国民たちの猛反対に。


どこからも税金がとれない事に悩んだシルエット。


目に入ったのが肖像画を描いてもらっている貴族たち。


国から支払われたお金で描いてもらっているという肖像画は金食い虫。


そこで、シルエットは、黒一色で塗りつぶした絵にするべきという法令を。





当時書かれた肖像画。





しかし、これもやはり貴族たちの理解を得られず。


その結果、何も効果的な施策を打ち出せないまま、約9か月で財務大臣を解任。


宮廷を去るシルエット。





この疲れ果てた姿がまさに影絵のようだったことから、いつしか黒一色で描かれた絵の事をシルエットと呼ぶように。


解任4年後の1763年には「シルエット=影絵」という言い方が徐々に定着したとのこと。


18世紀後半になるとフランスの庶民の間にもこの言葉が浸透してヨーロッパ中に広まりました。






結論


というわけで、


「シルエットはなんで「シルエット」っていうの?」は、


「シルエットさん」


でした。
 


解説してくれたのは


日本大学芸術学部で講師を務める木村三郎さん


木村三郎ゼミ


木村三郎

KIMURA,Saburo 1948.03.21

メールアドレス : NBB02571@nifty.com

金沢美術工芸大学客員教授、日本大学研究員 (元日本大学芸術学部教授)

Visiting Professor, Kanazawa College of Art

略歴:
東京に生まれ(1948)、大学は、東京大学仏文科卒。大学院は、同大学、美術史専攻前期課程修了後、フランス政府給費留学生として渡仏、パリ第IV大学(ソルボンヌ)博士課程修了、文学博士号取得。

職歴:
放送大学客員教授、コレージュ・ド・フランス招聘客員研究員、東京大学・名古屋大学・神戸大学等の講師を経て、現在、日本大学芸術学部教授

所属学会:
日仏美術学会(常任委員)、アート・ドキュメンテーション学会(旧評議員)、日本18世紀学会(旧幹事)、美術史学会、美学会、等

社会活動:
所沢市社会教育委員、西洋美術館、静岡県立美術館委員、デジタル情報記録管理協会理事等も歴任。

専門分野:
西洋近世美術史、図像学、アート・ドキュメンテーション

主な著書:
『ニコラ・プッサン』
『美術史と美術理論』
『西洋絵画作品名辞典』
(大学HPより)



日本大学


日本大学(にほんだいがく、英語: Nihon University)は、東京都千代田区九段南四丁目8番24号に本部を置く日本の私立大学である。1920年に設置された。大学の略称は日大(にちだい)。

日本大学は、日本最大の規模を有する総合大学である。「常に世界的な視野をもち、教育の発展及び人類社会への貢献」を教育目標としている。2017年度の事業活動収入は1938.7億円で私立大学全体で第1位であり[1]、2019年5月1日時点での学生数74,616人(通信教育部を含む)[2]も日本の大学全体で第1位である[3]。また2016年度の警察官の採用者数171人[4]、2017年の公務員の採用者数1,028人[5]、2017年度の一級建築士の合格者数181人[6]や2019年6月時点での社長の出身大学者数20,741人[7]も日本の大学全体で第1位(上場企業に限定した社長の出身大学者数では日本の大学全体で第5位)[8]である。

学祖は山田顕義であり、創立関係者は総代宮崎道三郎と金子堅太郎を含む法律学者11名である[9]。山田は、時の司法大臣であるとともに日本法律学校の上位機関に当たる皇典講究所(國學院大學の前身)の所長を務めていた。その立場から、先の創立者との協議の上で「日本の古法旧制を明かにして、更に新しく生れる諸法典を研究するため、日本の法学を修める学校を設立する」ことを取りまとめた。すなわち、彼は大日本帝国憲法が発布された近代国家の創成期において、その「国法」を専修する法律学校の設立が急務であると考え、直ちにその設立事業に取り掛かった。そして1889年(明治22年)10月4日、東京府から設立許可を得て、現・日本大学の前身である日本法律学校が誕生した。また、山田は同学設立後も文部省に対して「特別認可学校」とするよう要請し、同学の運営財政面において尽力した。

このように日本法律学校の設立事業と、学校設立時に彼が示した開学理念および思想は、その後の法学部のみならず、近代日本の発展に大きく寄与したことは周知であり、「近代法の祖」と称される由縁である。その彼を日本大学は学祖と位置づけている。

教育・研究活動を始め医療から生涯学習等、近代社会を目標に様々な活動を行っている。単科大学のようにそれぞれ独立したキャンパスをもち、図書館は全学部のキャンパスに置かれている。体育大会といったイベントを大学主催で実施しており、広範な学問領域を包含する国内屈指の総合大学としてのスケールメリットを学術研究の推進力と成果に結実させるために体系的な学術研究戦略を立案し、学部連携研究推進シンポジウムを積極的に開催するなど、研究・教育内容の拡充・発展に取り組んでいる[10]。16学部87学科・短期大学部5学科・通信教育部4学部・大学院20研究科・5付属病院・11高等学校・6中学校・小学校・幼稚園等を設置し、医学部、歯学部、薬学部、獣医学部の6年制4学部である[11]。医学教育の面では日本で最も早くOSCEを導入した[12]。

1903年(明治36年)、日本大学と改称。1920年(大正9年)の大学令により認可された。現在に至るまで、マスコミ・芸能界、法曹界、政界、官界、財界、学界、土木・建築界、医師、技術者、アスリートなどの分野に多様な人材を輩出している。
(Wikipediaより)




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