今回は、2020年10月16日金 チコちゃんに叱られる!「▽猫舌の理由▽「妻」「嫁」どっち▽シャツのボタン」の番組内容を紹介。
妻・女房・嫁などなど なんで呼び方がいっぱいあるの?
たしかにいろいろな呼び名があって、使い分けているかも。
いったい、なぜ?
妻・女房・嫁などなど なんで呼び方がいっぱいあるの?
本日の2つめ目の話題。
チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、愛妻家の大人ってもう一人かもしれないけどだーれ?」
というわけで、大竹まことさんが回答者に。
大竹さん「妻が一番大事です。」
ここで、妻以外にも、女房、カミさん、嫁などなど様々な呼び名があるというふり。
チコちゃん「妻・女房・嫁などなど なんで呼び方がいっぱいあるの?」
大竹さんは、いろいろ説明しますが、最終的に
大竹さん「色んな呼び方があるのは人生が豊かだから」
正解にいたらず、叱られちゃいました。
そのままウェブで佐々木健介さんにインタビュー。
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奥様の北斗晶さんを「チャコ、チャコちゃん」と呼んでいるとのこと。
しかし、人に紹介する時は「女房」と紹介するそう。
同じ質問。
佐々木さん「地方によって違う。」
パソコンを挟んで出張用チコちゃんに叱られちゃいました。
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チコちゃんの答えは、「正しいのは妻だけ」
正しいのは妻だけ
解説してくれたのは、大東文化大学の山口謠司教授。
山口先生「ご自由にとは思いますけど、日本で一番古い呼び方は“妻”という言葉なんです。」
日本最古の歴史書である古事記にも妻という言葉は記載あり。
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現在の役所などで配られる公的な文書や六法全書だったりにもパートナーの事は「妻」と統一。
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山口先生の奥様は外国(フランス)の方でパトリシアと名前で呼んでいるそう。
人に紹介する時は妻と言っているとのこと。
では妻以外にも使われる、嫁・女房・奥さん・カミさん・家内はそれぞれどういう意味?
嫁 – 息子の妻
女房 – 使用人の女性
奥さん – 使用人が用いる言葉(屋敷の主の妻)
カミさん – 目上の人を表す言葉
家内 – 家の中にいる人
の違いが。
「嫁」
この嫁が初めて出て来たのは鎌倉時代の書物である「名語記(みょうごき)」。
自分の息子の妻の事を指す言葉。
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元々の「嫁」の言葉の由来は「息子のもとに嫁いできた良い娘」という意味。
「良い女(よいめ)」→ 嫁が語源。
すなわち、嫁という言葉は基本的に夫の父母が使う表現。
ちなみに、千鳥ノブさんは、ファミリーヒストリーの番組内で「嫁」という言葉を使用。
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これだと、問題になっちゃいます。
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「女房」
女房は平安時代に現れた言葉。
当時身分の高い貴族は妻以外に食事や身の回りの世話をする使用人の女性を屋敷に住まわせていました。
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この使用人の女性を指す用語だったのが「女房」。
「女=女性、房=住んでいる部屋」 という意味。
この事実を佐々木健介さんに伝えると、
佐々木さん「えっ!?使用人の女性?」
北斗晶さん「おーい!聞こえたぞ!今!」と乱入。
耳を引っ張られて連れ去られました。
ナレーション「今後何と呼ぶかはお任せします。」
奥さん
奥さんの言葉のルーツは「奥方」。
この由来は室町時代にさかのぼります。
当時身分の高い屋敷の主人はパートナーの女性を屋敷の奥に住まわせていました。
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周囲の使用人の人たちはその女性の事を敬意を込めて「奥方」と呼ぶように。
やがてこの奥方が奥様・奥さんに変化。
つまり奥さんというのは「使用人が用いる言葉」。
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VTRは純烈の小田井涼平さんが「奥さん」を連発するビデオ。
これだと、偉い人(他人)の奥さんを指すことになります。
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カミさん
「カミさん」は、自分より目上の人を表す上様(かみさま)が変化したもの。
カミさん=目上の人という意味。
家内
家内は「家の内」。
意味としては「家の中にいる人」を指す言葉。
明治時代になると男性は外で仕事。
女性は専業主婦として家を守るという家庭がおおくなりました。
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これにともない、パートナーの事を家内と呼ぶように。
すなわち、明治時代に生まれた言葉。
このように、いろいろなバリエーション。
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なぜ、こんなにごちゃまぜになった?
こんなに色んな言い方がある理由は、立場によって色んな呼び方がごちゃまぜになったから。
全て同じ意味として扱われるようになってしまいました。
自分の両親が「嫁」という言葉を使って自分の「妻」のことを話します。
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そんな勘違いで、他人に紹介する時に「嫁」と紹介したり。
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正しくは、
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で、自分の妻を嫁というのはおかしいとのこと。
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結論
というわけで、
「妻・女房・嫁などなど なんで呼び方がいっぱいあるの?」は、
「正しいのは妻だけ」
でした。
解説してくれたのは
大東文化大学の山口謠司教授。
山口 謠司(やまぐち ようじ、1963年 – )は、日本の中国文献学者。大東文化大学教授、博士(中国学)。和辻哲郎文化賞受賞。
佐世保北高等学校卒業。大東文化大学文学部中国文学科卒業後、同大学院修士課程修了。修士課程入学と同時に東洋文庫所蔵『岩崎文庫貴重書解題』作成のため林望の助手となる。博士課程1年の時に東洋文庫研究員。東洋文庫研究員を務めた亀井孝一橋大学名誉教授に師事[1][2]。
1989年よりイギリスケンブリッジ大学大学東洋学部兼任研究員。フランス国立社会科学高等研究院人文科学研究所アジア言語研究センター大学院博士課程後期を経て現職。妻はフランス人[3]。
2012年、大東文化大学博士(中国学)の学位を取得。ケンブリッジ大学のピーター・コーニツキ(Peter Kornicki)と林望による『欧州所在日本古典籍目録』のためにヨーロッパの図書館に所蔵される日本、中国の古典籍を捜索し、目録を作成する。主なものは、ロンドン大学所蔵和刻本漢籍、ヴィクトリア&アルバートミュージアム所蔵日本及び中国古典籍、ルーヴァン・カトリック大学所蔵日本古典籍、スウェーデン国立東洋アジア博物館博物館所蔵日本古典籍、デンマーク王立図書館所蔵日本古典籍、フランス国立国会図書館、パリ・ミッションエトランジェール日本及び中国古典籍、ギメ美術館所蔵日本古典籍、アカデミーフランセーズ所蔵日本古典籍、イタリア・フィレンツェ個人蔵古典籍、ローマ法王庁所蔵日本古典籍、ドイツ国立図書館所蔵日本古典籍など。これらの業績は今、国立国文学研究資料館で公開されている。
2017年、『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞受賞。同年11月より、加賀市「今年のにほんごコンテスト実行委員長」就任。
(HPより)
大東文化大学(だいとうぶんかだいがく、英語: Daito Bunka University)は、東京都板橋区高島平1丁目9番1号に本部を置く日本の私立大学である。1949年に設置された。大学の略称は大東(だいとう)、大東大(だいとうだい)。
大学全体
大東文化大学は、大正期における日本の政治・経済・社会・文化の近代化の過程で見られた西洋偏重の傾向を是正し、漢学を中心とする東洋文化の振興を図ろうとする木下成太郎による「漢学振興運動」を発端として、1923年(大正12年)の帝国議会衆議院本会議において可決した「漢学振興ニ関スル建議案」に基づき設立された大東文化学院にはじまる。なお、議会の建議案決議で創設された経緯から、特定の創設者は存在しない。
2014年(平成26年)現在、8学部19学科・8研究科を設置している。
建学の精神
漢学(特に儒教)を中心として東洋の文化を教授・研究することを通じて、その振興を図ると共に儒教に基づく道義の確立を期し、更に東洋の文化を基盤として西洋の文化を摂取吸収し、東西文化を融合して「新しい文化の創造」を目指す、と定められている。1985年(昭和60年)に制定された。
そして、2008年(平成20年)9月には、創立百周年に向けた基本計画「中期経営計画(CROSSING2023)」を策定。この中で、これからの21世紀における時代のあるべき姿を提言し、建学の精神を「多文化共生を目指す新しい価値の不断の創造」と現代的に読み替え、掲げている。
教育の理念
大東文化大学は、建学の精神に基づき、東洋の文化を中心として広く全世界の文化に関する諸学を研究・教授し、その振興を図ると共に、東洋固有の文化を尊重し、その伝統的な美徳を身につけて豊かな人格の形成に努め、併せて国際的な視野を持ち、世界の文化の進展と人類の幸福の実現に寄与できる有為な人材を育成することを目指す。
教育および研究
8学部19学科・8研究科(大学院)からなる文系総合大学である。文学部日本文学科と中国文学科、経済学部は創立当時からの歴史と伝統を持つ[注釈 1]。
書道教育には力を入れており、多くの書家や研究者を輩出している。1969年(昭和44年)4月に大東文化書道文化センター(後の書道研究所)を開設し、日本で唯一の書道専門機関となっている[1]。
創立以来日本文学や漢文学をはじめとする東洋文化研究を柱に据えており、アジア・東洋重視の伝統は受け継がれている。2006年(平成18年)には、国際関係学部の「アジア理解教育の総合的取り組み」が文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」に採択。
2005年(平成17年)より板橋キャンパス近くの高島平団地を活性化することを発端とした環境創造学部による地域貢献活動「高島平再生プロジェクト(後にみらいネット高島平)」を地域住民と行っている。平成19年(2007年)に文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」に採択。
自己点検・評価は1994年(平成6年)の「大東文化大学自己点検及び評価規程」制定以来取り組まれており、現在では学長を委員長とする「自己点検・評価基本事項検討委員会」と、その下に実務機関としての「全学委員会」を組織して行われている。
また、教育の質や授業内容を向上させることを目的とした授業評価アンケートや、ファカルティ・ディベロップメント(Faculty Development、通称FD)プログラムも実施している。
(Wikipediaより)
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