今回はチコちゃんに叱られる! 拡大版SP▽ジャージの縦線▽引っ越しの段ボール 初回放送日NHK総合テレビジョン5月1日(金)午後7:57を紹介。
なんで鳩時計の鳥は鳩なの?
なんで鳩時計の鳥は鳩なの?
チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、時間をきっちり守るステキな大人ってだーれ?」
チコちゃん「なんで鳩時計の鳥は鳩なの?」
チコちゃんの答えは、「可免(かめ)さんが平和を願ったから。」
可免(かめ)さんが平和を願ったから
「ポッポ〜」と鳴くのに、なぜ“鳩”時計? その裏に隠された一人の女性の「平和への祈り」
壁にかかった時計から鳥が飛び出し、時刻を知らせてくれる「鳩時計」。
のどかな鳴き声を聞くと、なんだかホッとした気持ちになりますよね。
でも、ちょっと待ってください。
あの鳴き声、どう聞いても「カッコウ」と鳴いていませんか?
実は、世界中でこの時計を「鳩時計」と呼んでいるのは、日本だけだったのです。
チコちゃんの答えは、「可免(かめ)さんが平和を願ったから」!
鳩時計専門店「森の時計」の芹澤庸介さんの解説をもとに、ドイツで生まれた「カッコウ時計」が、日本で「鳩時計」になった感動のドラマを紐解きます。
故郷はドイツの「黒い森」でした
そもそも、鳥が出てくる時計が誕生したのは18世紀のドイツです。
ドイツ語では「Kuckucksuhr(クックックス・ウーア)」、英語では「Cuckoo clock(クックー・クロック)」。
つまり、正真正銘の「カッコウ時計」なのです。
1738年、ドイツ南西部のシュヴァルツヴァルト(黒い森)地方で、フランツ・アントン・ケトラーという技術者がいました。
モミの木で鳴くカッコウの声から着想を得て作ったのが始まりといわれています。
冬が長く厳しいこの地方では、カッコウは「初夏の訪れを告げる、幸運を運ぶ鳥」。
人々にとって、カッコウは最高のラッキーシンボルだったのですね。
激動の時代を駆け抜けた女性「三橋可免」さん
そんなドイツのカッコウ時計が日本へやってきたとき、その運命を変えたのが三橋可免(みつはし かめ)さんという女性でした。
可免さんの人生は、まさに波乱万丈でした。
若くして夫を亡くす:夫と設立した会社を、2代目女社長として引き継ぐ。
関東大震災:会社が全壊するという苦難。
最愛の息子の死:震災からの復興中、18歳の息子が急死。
戦争の足音:日米関係の悪化により輸入がストップし、軍用工具の製造を余儀なくされる。
戦時中は軍からの注文で経営は安定していましたが、終戦と同時に仕事は激減。
「戦地から帰ってくる従業員たちを、社長として守らなければならない」。
そんな切実な思いで可免さんが目をつけたのが、かつて見たドイツのカッコウ時計でした。
1946年、「平和のシンボル」として誕生
可免さんはドイツの時計を参考に、1946年(昭和21年)、自社製品として「ポッポの鳩時計」を発売しました。
実は、当時のカタログにも英語で「CUCKOO CLOCK」と併記されていました。
中身も鳴き声も「カッコウ」のままです。
では、なぜわざわざ「鳩時計」という名前で売り出したのでしょうか?
そこには、戦争という悲劇を乗り越えた可免さんの強い願いがありました。
「これからは平和の時代。その象徴である“鳩”を名前に冠したい」。
戦争中、軍のための道具を作らざるを得なかった彼女にとって、平和への祈りを込めた「鳩」という言葉は、特別な意味を持っていたのです。
なぜ「カッコウ」のままでも定着したの?
もう一つ、日本で「鳩」として受け入れられた現実的な理由もあります。
日本では、カッコウは別名「閑古鳥(かんこどり)」とも呼ばれます。
「閑古鳥が鳴く」という言葉は、商売上がったりで寂しい様子を指しますよね。
これから復興を目指す日本において、縁起の面でも「鳩」の方が好まれたという背景もありました。
こうして、可免さんの平和への願いが込められた「鳩時計」という呼び名は、瞬く間に日本中に広まっていったのです。
まとめ
私たちが当たり前のように呼んでいる「鳩時計」。
その可愛らしい名前の裏には、戦後の動乱期に、従業員の生活を守り、国の平和を心から願った一人の女性社長の情熱が宿っていました。
世界では「カッコウ時計」が当たり前。
ドイツではカッコウは「幸運の鳥」。
日本では三橋可免さんが「平和のシンボル」として鳩と名付けた。
次にあの「ポッポ〜」という音を聞いたときは、時計の中で一生懸命鳴いている鳥が、平和な毎日を祝福してくれているように感じるかもしれませんね。
結論
というわけで、
「なんで鳩時計の鳥は鳩なの?」は、
「可免(かめ)さんが平和を願ったから」
でした。
解説してくれたのは
鳩時計専門店「森の時計」の芹澤庸介さん。
今回も最後まで読んでくれてありがとう。
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