今回はチコちゃんに叱られる! ▽ギョーザの謎▽ヤンキーって?▽新聞の端っこ 初回放送日NHK総合テレビジョン5月15日(金)を紹介。
なんでやんちゃしている若者のことを「ヤンキー」と呼ぶようになったの?
なんでやんちゃしている若者のことを「ヤンキー」と呼ぶようになったの?
チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、やんちゃな一面もあるステキな大人ってだーれ?」
チコちゃん「なんでやんちゃしている若者のことを「ヤンキー」と呼ぶようになったの?」
チコちゃんの答えは、「アメリカっぽかったから。」
アメリカっぽかったから
夜露死苦!やんちゃな若者をなぜ「ヤンキー」と呼ぶ?ルーツは米軍の夜遊びファッションだった!
リーゼントヘアに、独特の鋭い目つき。
ひと昔前なら改造制服、今なら派手なジャージ。
私たちは、やんちゃな不良たちのことを親しみを込めて「ヤンキー」と呼びますよね。
でも、よく考えたら不思議な言葉です。
「ヤンキー」って、もともと大リーグのチーム名や、アメリカ人を指す言葉のはず。
なぜそれが、日本の不良少年たちの代名詞になったのでしょうか?
チコちゃんの答えは、「アメリカっぽかったから」!
関西学院大学の難波功士教授の解説をもとに、その意外すぎる歴史を紐解いていきましょう。
始まりは17世紀!オランダ人が放った「あだ名」だった
そもそも「ヤンキー」という言葉のルーツは、17世紀のアメリカにあります。
当時、現在のニューヨーク周辺を植民地にしていたのはオランダ人でした。
そこへ、後からイギリスからの移民がやってきます。
オランダ人は、彼らのことをオランダ語の「Janke(ヤンケ)」という言葉で呼びました。
これの直訳は、なんと「水夫(すいふ)」。
イギリスが島国で、海に関わる仕事の人が多かったからだそうです。
これが変化して「ヤンキー」になり、最初は「イギリス人」を指す言葉でした。
バカにされた言葉をあえて自称したアメリカ人
この言葉の使われ方が、歴史の大事件でガラリと変わります。
それが1775年のアメリカ独立戦争です。
イギリス軍は、独立をもくろむアメリカ人を見下して「ヤンキー」と呼びました。
彼らをからかうために作られたのが、日本でも有名な「ヤンキードゥードゥル(アルプス一万尺の原曲)」です。
歌詞は「ヤンキーの間抜けがポニーに乗って街に出た。帽子に羽を刺してお洒落を気取っている」という、なかなかの毒舌ぶりでした。
その後、1861年の南北戦争では、南部の人たちが北部の人たちを「ヤンキー」と敵視します。
しかし、戦争に勝ってアメリカを統一したのは北部でした。
こうして、いつの間にか「ヤンキー=アメリカ人の総称」になったのです。
からかわれていた言葉に、アメリカ人自身が愛着を持つようになったのは面白いですね。
日本での意味が変わった!米兵の「夜遊びファッション」
日本でも昭和初期から、アメリカ人のことを「ヤンキー」と呼んでいました。
戦後の米軍基地周辺では、「ヤンキー・ゴー・ホーム(アメリカ兵は帰れ)」という抗議運動もありました。
では、なぜそれが「日本の不良」になったのでしょうか?
キッカケは、基地に駐在していたアメリカ兵たちの休日でした。
1970年代、若い米兵たちは休日にディスコへ繰り出して夜遊びをしていました。
その格好が、とてもド派手だったのです。
スター歌手のジェームス・ブラウンを思わせる光沢スーツ。
そして、きれいに固められたリーゼントヘア。
これを見た日本のやんちゃな若者たちが、「格好いい!」と真似をし始めました。
当時は「ディスコで夜遊び=遊び人・不良」の時代です。
彼らの「アメリカっぽい服装」から、やがて服装に関係なく、不良少年全般を「ヤンキー」と呼ぶようになりました。
あのイントネーションの生みの親は「嘉門タツオ」さん!?
日本で「ヤンキー」と言うとき、独特のアクセントをつけますよね。
「ヤ」にアクセントを置く、あの独特な言い方です。
実は、このイントネーションを全国に広めたのは、歌手の嘉門タツオさんでした。
1983年のデビュー曲『ヤンキーの兄ちゃんのうた』がキッカケです。
大阪出身の嘉門さんが、関西弁のアクセントでこの言葉を歌いました。
それが曲の大ヒットと共に、全国の若者の間に定着したのだそうです。
彼女大好き?ツッコミどころ満載のファッション歴史
若者文化評論家の岩橋健一郎さんによると、ヤンキーファッションは時代とともに激しく変化してきました。
1. 1980年代前半:ドカジャンと「彼女いるアピール」
建設業の防寒着「ドカジャン」がトレードマーク。
インナーは白Tシャツに赤シャツ。
映画『理由なき反抗』のジェームス・ディーンを意識したスタイルです。
面白いのは足元と手元です。
なぜか女性用のサンダルを履き、彼女作のキルティングバッグを小脇に抱えていました。
「俺には彼女がいる!」という強烈なアピールです。
エリートコースを歩む学生への対抗心として、「早く働いて家族を作るんだ」というプライドの表れでもありました。
2. 1980〜90年代前半:改造制服の黄金期
着丈の短い「短ラン」に、太いズボン「ボンタン」が大流行。
動きやすくてケンカしやすい実用性(?)から愛されました。
カバンは極限まで薄く潰します。
持ち手にはテープを巻くのがルール。
赤テープ:ケンカ売ります
白テープ:ケンカ買います
この頃、『ビーバップ・ハイスクール』などの漫画や、
可愛い「なめ猫」が大ブームになりました。
3. 現代:オラオラ系セットアップ
学校の指導が厳しくなり、改造制服は姿を消しました。
その代わり、現在も残っているのが「オラオラ系」と呼ばれるスタイルです。
楽ちんなセットアップのジャージに、派手でゴージャスな柄を合わせるのが定番となっています。
まとめ
やんちゃな若者を指す「ヤンキー」という言葉。
その背景には、何世紀にもわたる歴史のドラマがありました。
オランダ人がイギリス人を「水夫(ヤンケ)」と呼んだのが始まり。
アメリカ独立戦争や南北戦争を経て、アメリカ人の総称になった。
戦後、米兵のディスコファッションを日本の若者が真似して「不良」の意味になった。
「アメリカへの憧れ」から始まったファッションが、日本独自の不良文化としてガラパゴス進化したのは非常に興味深いですね。
結論
というわけで、
「なんでやんちゃしている若者のことを「ヤンキー」と呼ぶようになったの?」は、
「アメリカっぽかったから」
でした。
解説してくれたのは
関西学院大学の難波功士教授。
難波功士(なんば こうじ)教授は、関西学院大学社会学部の教授で、主な専門は広告論、メディア史、社会学です。昭和期以降の日本の広告や、メディア社会の未来、若者文化の歴史について研究・発信しており、メディアの役割や社会学的な視点に関する記事やインタビューも多数掲載されています。主な研究・活動領域:広告・メディア史: 『「撃ちてし止まむ」――太平洋戦争と広告の技術者たち』など、広告界の歴史に関する著書を執筆。社会学・文化研究: 『族の系譜学』など、若者文化や広告コミュニケーションをテーマにした研究。メディア社会: AI時代におけるメディアの役割や、カルチャーの流行に関する解説。難波教授は、「当たり前」を疑う社会学的な視点を大切にしており、メディアの未来について「メディアの役割や広告のあり方を考える時期がきた」とインタビューで述べています。
(AI による概要)
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