今回は、チコちゃんに叱られる! ▽おじいちゃん言葉▽目が悪くなる?▽秋の空の謎 初回放送日: 2023年9月22日
の番組内容を紹介。
なんで秋の空は高いの?
なんで秋の空は高いの?
3問目の出題。
チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、季節の移り変わりに敏感なステキな大人ってだーれ?」
この問題は、岡村さんが回答者に。
この問題は、視聴者からの質問。
チコちゃん「なんで秋の空は高いの?」
岡村さん「秋ってモコモコした雲が少ない。」
正解に至らず、叱られちゃいました。
チコちゃんの答えは、「雲が高い所にあるから。」
雲が高い所にあるから
雲の高さがポイント。
夏は雲が低く、秋は高い。
夏の空に見られる入道雲やわた雲は地上から約2kmの高さ。
これが秋の空に出るうろこ雲、すじ雲になると上空5km~13kmとその高さが変化。
夏に見る雲は低く、秋の雲が高いので秋の空が高く感じます。
この変化がなぜ起こるのか?
秋は乾燥した風が日本に吹き付けているから。
そもそも風は気圧の高い所から低い所に空気が移動する事で生まれます。
風を生み出している高気圧は日本の場合は季節によって異なっています。
夏は太平洋高気圧が大きく張り出してきます。
温かい海の水蒸気をたっぷり含んでいるので自然と湿った空気に。
あのジメジメと暑い日本の夏はこの太平洋高気圧。
これに対して秋の移動性高気圧は中国大陸で発生。
大陸をゆっくりと移動しながら日本へ。
陸上を移動する期間が長くなるので乾燥した空気に。
この「湿った空気」「乾燥した空気」の湿度の違いもポイント。
太陽光には様々な色の光が含まれています。
この光は空気中の物質にぶつかって常に散らばっている状態。
湿度が高い夏は空気中に水蒸気が集まった水の粒が多くある状態。
この大きな粒はすべての光を跳ね返すので光の色が混ざり合って「空=白っぽい」状態に。
一方で湿度が低くて乾燥している秋。
酸素や窒素などの小さな分子の方が多くある状態。
この小さな分子は太陽光のうち青色の色を跳ね返す性質。
「空=青っぽい」状態に。
秋はこの濃いブルーの空に、白い雲が出来上がるのでそのコントラストがはっきり。
雲は空気中の水蒸気が冷やされて水や氷の粒になって集まったもの。
空気中に含むことが出来る水蒸気の量は気温が高いと多く、気温が低いと少なくなります。
地上付近に集まった水分を含んだ空気が空の高い位置に移動します。
空気は徐々に冷やされて含むことが出来る水蒸気の限界量がどんどん少なくなります。
限界量をオーバーした時に水蒸気が小さな水や氷の粒に変化。
これが沢山集まって雲が誕生。
湿度が高い夏は少し上空に上がるだけでも早々に限界量をオーバー。
あっという間に雲に。
これがどんどん上に伸びていくと入道雲。
一方で乾燥している秋はちょっとやそっとでは限界量を超えません。
かなり上空まで行った時点でようやく限界を迎えて雲が誕生します。
これが夏は雲が低い所に出来て、秋は高い所に出来る原理。
そもそも雲の量も夏と秋ではまったくちがいます。
夏は空が雲に占拠されてしまっている状態。
一方、これが秋になると濃いブルーの空の高い所に雲がうっすらと浮かんでいるのみ。
そのため、「秋の空=高い」という事に。
ちなみに冬に発達するシベリア高気圧。
こちらも乾燥しています。
日本海の水蒸気を含んで日本海側に雪をもたらした後、日本列島の山越えをしている間に再び乾燥。
このせいで日本海側は雪、太平洋側は乾燥し過ぎて雲自体かなり出来にくい状態に。
雲がなく、青一面だと比較する対象物が無いので高さの感覚が分からない状態。
冬はそれほど空が高いとは感じない理由。
春は秋と同じように中国からやってくる移動性高気圧が働きます。
夏の太平洋高気圧がすぐ近くに迫っているせいで湿度は高めに。
こうなると空が白っぽく霞がかったようになります。
青空と白い雲のコントラストがボヤけて秋ほどは高く感じない結果に。
さらに実際に秋は空が高くなっているとのこと。
夏の暑さの影響で上昇気流が発生して空気の層が上に押し上げられます。
雲などの天気の変化が起こる対流圏が拡大。
約5kmほどの高さとのこと。
最後に、先生から摩訶不思議な雲の風景の紹介。
新潟県魚沼市の流れ落ちる雲
2つ目は、彩雲
最後は、夜光雲
これは緯度が高いところで起こる現象
最後にヒツジ雲とうろこ雲の違い
ひつじ雲は人差し指より大きく、うろこ雲は小指より小さいとのこと。
結論
というわけで、
「なんで秋の空は高いの?」は、
「雲が高い所にあるから」
でした。
解説してくれたのは
解説は気象予報士の饒村曜さん。
饒村 曜(にょうむら よう、1951年 – )は、日本の気象予報士、文筆家。
台風の進路予報で使われる予報円の開発者として知られている。
略歴
新潟県生まれ。1973年、新潟大学理学部物理学科卒業。気象庁に入り、予報課予報官、企画課調査官を経て、1995年の阪神・淡路大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、気象庁統計室補佐官、企画課技術開発調整官、海洋気象情報室長、福井・和歌山・静岡地方気象台長などを経て東京航空地方気象台長で退官。
気象予報士で減災コンサルタント[1]。電気通信大学、青山学院大学、静岡大学において非常勤講師を勤め、2018年からは、ウェザーマップ社の予報センターで実務作業にも携わっている[2]。
(Wikipediaより)
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