今回はチコちゃんに叱られる! ▽二度寝の謎▽高速道路の標識▽“お”と“さん” 初回放送日NHK総合テレビジョン11月28日(金)午後7:57を紹介。
なんで高速道路の案内標識は緑色なの?
なんで高速道路の案内標識は緑色なの?
チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、車の運転が好きなステキな大人ってだーれ?」
チコちゃん「なんで高速道路の案内標識は緑色なの?」
チコちゃんの答えは、「青が緑に見えたから。」
青が緑に見えたから
なぜ高速道路の標識は「緑」なの? 青と緑を巡る大激論の意外な結末!
車を運転している時、ふと気づくことがありますよね。
一般道の案内標識は、「青バックに白文字」。
高速道路の案内標識は、「緑バックに白文字」。
この色の違いは、法律で定められた絶対的なルールです。
しかし、このルールが決められるまでには、なんと「青」と「緑」を巡る、熱く、そして長い大激論があったのです。
高速道路導入時の「どうする標識」会議
この標識の色を決める会議が開かれたのは、日本に高速道路が初めて導入された時でした。
時:1961年(昭和36年)
場:高速道路調査会 標識分科会
緑派代表は小手さん
青派代表は、マギーさんがそれぞれ熱演
高速道路はスピードが出るため、標識の背景に色をつけ、文字を白にすることで、運転手が見逃すのを防ぐという点では全員一致でした。
しかし、問題は「どの色にするか?」でした。
青派 vs 緑派! 譲れない主張
議論の焦点は、当時世界をリードしていた二つの高速道路をモデルにするか否かでした。
緑派の主張:「当時最先端だったアメリカの高速道路(インターステートハイウェイ)にならって、緑にすべきだ!」
青派の主張:「世界各国のモデルとなったドイツの高速道路(アウトバーン)にならって、青にすべきだ!」
会議は紛糾し、長期戦となりました。
なんとこの標識の会議は、23か月間で33回も開催されました。
1回の会議が10時間を超えることもあったという記録が残っています。
性能検証で判明した「甲乙つけがたい」事実
話し合いでは結論が出なかったため、青と緑、両方の標識の性能が検証されることになります。
【文字の見やすさ】:昼も夜も、わずかな差で青の方が緑より見えやすいという結果でした。
【環境との調和】:緑の方が環境との調和が良く、美しいという意見が多数を占めました。
つまり、様々な検証を経ても、緑も青もどちらも甲乙つけがたいという結論でした。
意外な決め手!当時の「ヘッドライトの誤算」
そんな膠着した状況を打破し、緑に決定づけたのは、意外な検証結果でした。
それが、夜間のヘッドライト下での検証です。
当時の車のヘッドライトで青い標識を照らしてみたところ、なんと青の標識が緑色に見えてしまうという結果が出たのです。
記録には、「緑に見えてしまい、昼夜同じに見える必要のある標識の原則から欠点となる」とはっきりと残されています。
この「色が昼夜で変わってしまう」という点が、当時の技術的な制約から、青派にとっての大きな誤算となりました。
このポイントが決め手の一つとなり、標識分科会の結論として高速道路の標識は「緑」に決定したのです。
現代に続く「緑」の標識
こうして決定された緑の標識は、1963年に日本で最初に開通した名神高速道路から現在に至るまで使い続けられています。
ちなみに、一般道の標識が「青色」と決まったのは、高速道路の標識の色が決定した後だそうです。
現在では、車のヘッドライトや標識の反射材の技術が進化しました。
そのため、現在の青い標識にヘッドライトを当てても、緑に見えることは基本的にありません。
しかし、その色の背景には、日本の交通の安全と景観を巡る、熱い議論の歴史があったのですね。
結論
というわけで、
「なんで高速道路の案内標識は緑色なの?」は、
「青が緑に見えたから」
でした。
解説してくれたのは
筑波大学の石田東生名誉教授。
1951年大阪府生まれ。74年東京大学土木工学科卒業。大学院を経て、東京工業大学土木工学科助手、筑波大学社会工学にて講師。以降、助教授・教授・社会工学類長・学長特別補佐などを経て、2017年定年退職。同時に名誉教授。また、同年より日本大学交通システム工学科特任教授。
また社会活動として未来投資会議「次世代モビリティ・次世代インフラ」産官協議会アドバイザー、国土交通省社会資本整備審議会道路分科会長、国土審議会委員、経済産業省・国土交通省スマートモビリティチャレンジ推進協議会、一般財団法人「日本みち研究所」理事長。
著書に『スマートシティ Society5.0の社会実装(共著』(時評社)、『みち――創り・使い・暮らす』(技報堂)、『都市の未来(共著)』(日本経済新聞社)など。
(HPより)
今回も最後まで読んでくれてありがとう。
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