今回はチコちゃんに叱られる! ゲストは横澤夏子さんと戸塚純貴さん! 初回放送日NHK総合テレビジョン2026年3月13日(金)午後7:57を紹介。
なんでイルミネーションをするようになったの?
なんでイルミネーションをするようになったの?
チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、ロマンティックでステキな大人ってだーれ?」
チコちゃん「なんでイルミネーションをするようになったの?」
チコちゃんの答えは、「エジソンが電球を売ろうとしたから。」
エジソンが電球を売ろうとしたから
冬の夜を彩る「イルミネーション」の意外な正体! 始まりはエジソンの“超”積極的な営業活動だった?
冬になると街中をきらびやかに彩るイルミネーション。
恋人や家族と眺める時間は、とてもロマンチックで心が温まりますよね。
でも、なぜあんなにたくさんの電球を飾るようになったのでしょうか?
チコちゃんの答えは「発明王エジソンが、電球を売りたかったから」
東京大学の橋本毅彦名誉教授の解説を元に、光り輝く歴史の裏側をのぞいてみましょう。
イルミネーションの前身は「森の星空」?
電気のない時代、クリスマスツリーの飾り付けには「ろうそく」が使われていました。
きっかけは16世紀、宗教改革者のマルティン・ルターだと言われています。
ある冬の夜、彼が森を歩いていると、木々の隙間から見える星空があまりに美しく、まるで木が光り輝いているように見えたそうです。
「この感動を子どもたちに伝えたい!」そう思ったルター。
室内に常緑樹を持ち込み、枝にろうそくを立てて再現しました。
これがツリー装飾の始まりです。
しかし、当時はろうそくが高級品だったため、一部のお金持ちだけの楽しみでした。
エジソン、絶体絶命のピンチをチャンスに変える
19世紀に入り、街を照らすガス灯などが登場しました。
しかし、爆発のリスクや、明るすぎるなどの問題がありました。
そんな中、1879年にトーマス・エジソンが白熱電球の実用化に成功します!
「これで世界が変わるぞ!」と意気込むエジソン。
ところが、世間の反応は冷ややかなものでした。
「火を使わないで光るなんて怪しい」
「本当に安全なのか? 爆発するんじゃないか?」
当時の人々にとって、未知の技術である電気は、期待よりも恐怖の対象だったのです。
伝説のPR作戦「光の道」と「電気の塔」
エジソンのモットーは、「売れないものは発明したくない。売れることが実用性の証明だ」という極めてビジネスライクなものでした。
自身で送電線などのインフラを整えます。
そこで彼は、前代未聞のPRキャンペーンを開始します。
1879年12月:世界初のイルミネーションエジソンは記者や投資家を研究所に招待しました。
そして、研究所の周りや駅から続く道を約60個の電球で煌々と照らしたのです。
これが「イルミネーション」の原点。
暗闇に浮かび上がる魔法のような光に、人々は度肝を抜かれました。
エジソンの右腕が作った「光るツリー」
エジソンの右腕、エドワード・ジョンソンも負けていません。
彼は、電飾でデコレーションされたクリスマスツリーを自宅に設置し、記者たちにお披露目しました。
これが現在のクリスマスツリーの原型です。
1889年:パリ万博でのド派手な演出さらにエジソンは、パリ万博で高さ12m、約2万個の電球を使った巨大な塔を建設。
そこにはデカデカと「EDISON」の名前が光り輝いていました。
もはや「安全アピール」の域を超えた、最強のブランディングですね!
一般家庭、そして日本へエジソンの執念とも言える営業努力により、1880年代には電球の量産がスタート。
コストが下がったことで、少しずつ一般家庭にも普及していきました。
1930年頃:アメリカの一般家庭でクリスマスツリーの電飾が定着。
1960年代:日本でもクリスマスツリーの飾り付けが普及。
こうして、かつては「電球を売るためのデモンストレーション」だった光が、今では世界中の冬を温める文化になったのです。
まとめ
「綺麗だな」と眺めているイルミネーション。
そのルーツを辿ると、そこには「新しい技術を人々に信じてもらいたい!」という、エジソンたちの情熱(と商売っ気)が詰まっていました。
次にイルミネーションを見るときは、「エジソンの営業、大成功だったね!」と心の中でつぶやいてみるのも面白いかもしれません。
結論
というわけで、
「なんでイルミネーションをするようになったの?」は、
「エジソンが電球を売ろうとしたから」
でした。
解説してくれたのは
東京大学の橋本毅彦名誉教授。
(大学HPより)
(Wikipediaより)
今回も最後まで読んでくれてありがとう。
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