今回はチコちゃんに叱られる! ▽ハンバーガーの謎▽渋谷の謎▽じゃんけんの謎 初回放送日NHK総合テレビジョン7月31日(金)を紹介。
なんで渋谷に人が集まるようになった?
なんで渋谷に人が集まるようになった?
チコちゃん「ねぇねぇ岡村、この中で一番、渋谷が似合うステキな大人ってだーれ?」
チコちゃん「なんで渋谷に人が集まるようになった?」
チコちゃんの答えは、「奇跡の水があったから」
奇跡の水があったから
若者のカルチャーの発信地であり、毎日多くの人で賑わう「渋谷」。
「でも、そもそもなんで渋谷にこんなに人が集まるようになったんだろう?」
「いつ頃から人が住み始めたのかな?」
そんな疑問について、テレビ番組で國學院大學の深澤太郎教授が、とっても意外な歴史と地形の秘密を明かしてくれました!
今回はその内容をたっぷり引用しながら、渋谷が世界的エリアへと発展したストーリーをご紹介します。
渋谷に人が集まるようになった本当の理由は?
チコちゃんの番組での答えはズバリ、「奇跡の水があったから」でした!
今では高層ビルが立ち並び、最新のファッションやトレンドが行き交う渋谷。
実は人が集まり始めた歴史は、なんと「古墳時代」にまでさかのぼります!
昭和11年に撮影された渋谷周辺の航空写真を見ると、NHKの建物がある場所に長さ80m以上の巨大な「前方後円墳」の跡がありました。
これほど大きな古墳があるということは、当時そこには大きな集落が存在していた証拠です。
すでに遠い昔から、渋谷は人が集まる場所でした。
渋谷の地形と「奇跡の水」の秘密
そもそも「渋谷」という場所は、すぐ隣の表参道と比べると標高で20mほど低い場所にあります。
渋谷を代表する宮益坂、道玄坂、公園通りなどの坂道に囲まれており、周囲には昔から川が流れていました。
その川が合流するポイントが、ちょうど今の「スクランブル交差点」のあたりです。つまり、渋谷は文字通りの「谷底」でした。
大昔の人々は、氾濫のリスクがある谷底を避け、坂を登った「台地」の上に集落を作って生活していました。
そこで生活の命綱となったのが、台地の周辺に湧き出る水です。
なぜ湧き水が生まれたの?
渋谷の地下には、火山灰などが堆積してできた「渋谷粘土層」という水を通しにくい地層があります。
地面に染み込んだ雨水がこの粘土層の上に溜まり、斜面の多い地形と組み合わさることで、豊富な湧き水が生まれました。
湧き水の周りの土が削れていくと大きな池となり、人々の生活を支える大切な水源になりました。
この地形と地層の奇跡的な組み合わせが生み出した湧き水こそが、渋谷に人が集まった一番の理由だったのです。
ちなみに、渋谷の湧き水は鉄分を多く含んでいたため、水が赤茶色(=渋色)に見えたことから「渋谷」という地名がついた、という面白い説もありますよ!
江戸から明治へ!「夜の街」から「お茶の一大産地」へ変貌
湧き水に恵まれた渋谷は、時代とともに姿を変えながら発展していきます。
【江戸時代:大人気の温泉街・ナイトスポット】
江戸時代には、弘法大師ゆかりの源泉を利用した共同浴場「弘法湯(こうぼうゆ)」が作られました。
周りに旅館や料理屋が建てられたことで、銭湯を中心とした飲食店街へと発展します。
夜のお酒を楽しむ歓楽街へと進化し、最盛期には400人を超える芸者さんが活躍するほどの賑わいを見せました。
【明治時代:おいしい「渋谷茶」の誕生】
明治時代になると、豊富な湧き水を利用して「渋谷茶」の栽培が始まりました。
当時の渋谷は、一面に茶畑が広がるお茶の一大産地でした。
明治18年に渋谷駅が誕生すると、お茶を求めるお客さんやお茶の栽培に携わる人々が全国から集まり、駅周辺はまた新しい賑わいを見せるようになります。
なぜ若者の街になったの?「土地の安さ」と「交通の便」
お茶の街だった渋谷が、どのような経緯で現在のような「若者の街」へと変わっていったのでしょうか?
そこには「複雑な地形」と「家賃の安さ」という意外な理由がありました。
渋谷は坂が多く、細く曲がりくねった路地がたくさんあります。
そのため、当時は決して立地が良い土地とは言えませんでした。
その結果、土地の価格が安く抑えられていたのです。
昭和37年のデータを見ると、銀座の土地が1坪当たり350万円だったのに対し、渋谷は1坪217万円とかなりお手頃でした。
土地が安ければ、お店の家賃も安くなります。
そのため、若者が好むような個性的でコアなショップやアパレル店が、こぞって渋谷にオープンしました。
さらに、昭和初期に東横線の始点・終点が渋谷駅になったことで、多くの人が乗り降りする「ターミナル駅」へと成長します。
早い時期から百貨店や映画館などが立ち並んだことも、若者を引き寄せる大きな魅力となりました。
まとめ:湧き水から始まった渋谷のドラマ!
若者の最先端カルチャーが集まる渋谷。そのルーツを辿ると、大昔の人々の喉を潤した「奇跡の湧き水」に行き着くのは本当に驚きですね!
今度渋谷の街を歩くときは、ぜひ足元の坂道や路地に注目してみてください。
そこには、美味しい水を求めて集まった先人たちの歴史と、地形の不思議がしっかりと刻まれていますよ!
最後に補足
現在の渋谷駅の地下は、集中豪雨や大型台風による被害を防ぐため、4000トンの貯水施設となっているそうですよ。
結論
というわけで、
「なんで渋谷に人が集まるようになった?」は、
「奇跡の水があったから」
でした。
解説してくれたのは
國學院大學の深澤太郎教授。
教授
深澤 太郎
フカサワ タロウ
所属研究開発推進機構
研究分野考古学・宗教考古学
研究・教育活動
教員からのメッセージ
「大学博物館」は、学生に対する「教育参考」と、本学の教員による「研究発信」を主な機能とするものです。具体的には、考古資料を通して見た「日本通史」や、最新の考古学研究を紹介する仕事が中心となりますが、その実現の基盤となるものは、博物館の蓄積してきた館蔵資料にほかなりません。ぼくは、当館の列品確認と資料調査を担当しており、博物館の基礎データである資料台帳・目録を改めて整備し、広範な学術利用に資することを目指しています。およそ「~学」というものは、研究の方法論に過ぎません。考古学は、主に物質資料を研究対象としていますが、遺跡・遺構や、石器・土器・金属器などを漫然と眺めているだけでは、何も明らかにすることはできないでしょう。研究に迷った時は、「自分は、いったい何を知るために、何を研究するために大学にきたのか?」という原点に立ち返って下さい。自分の目指している研究課題さえ揺るがなければ、目的に相応しい研究対象・研究方法は、自然と明らかになってくるはずです。進学する大学を選ぶ際には、自分の目指す研究分野に相応しい教員が在職しているか調べることをおすすめします。また、考古学は、無文字社会や、文献に記録されなかった事実を明らかにする技術として有効ですが、原史・有史時代の考古学を研究するには、同時代の文献資料を読解する能力が欠かせません。外国の考古学に取り組もうとするのであれば、外国語の論文・報告書を読み込む必要もあります。とまれ、先ずは「好きこそ物の上手なれ」を旨として、研究の第一歩を踏み出すことが肝要です。
(大学HPより)
今回も最後まで読んでくれてありがとう。
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